ベルリンの上から目線のDisco. 千葉の非抜歯矯正歯科医師の80年代の思い出

ドイツの首都ベルリンに行く機会があった。

1980年代、まだ東ドイツと西ドイツに分かれていた時代、そしてベルリン自体も東西に分かれていた時代以来なので、本当に久しぶりである。
当時の東ベルリンで今でも強烈に覚えていることなのだが、駅前に若者対象とおぼしきディスコがあった。
これがいかにも共産党政権によって作られた、お前ら ここで遊べ, ここでエネルギーを発散しろ という上から目線のものだったので、中には入らず建物を外から見ただけだったが、とてもイヤな気持ちになったのを覚えている。

当時から東西ベルリンを結ぶ電車が走っていたが、東側の人は西に行くことはできず、
東側の駅には、戦争映画さながらに自動小銃を構え、緑系のヘルメットをかぶった複数の兵士が駅の天井にへばりついていた。
ベルリンを東西に分断する壁を列車が過ぎるとそこには広大で平坦かつ何もない空き地が広がり、そこを西側に向かって抜け出そうとする者は、容易に見つかってしまうような状況だった。

今回の訪問でベルリン市内を走る U-バーンに乗った。
かつては西へと逃げる人たちが見つかって銃殺された場所だったのだろうか、平地に新しめの建物が建つ一帯を見ていると、感慨深くなっている自分がそこにいた。
今は平和になり、東西の区別も 一部にモニュメント的に残してある壁を見ない限りわかる由もないが、無念の思いで亡くなった大勢の霊がいるような気がした。

今回のベルリン訪問最後の夜に庶民的な地中海料理の店に行った。
とても美味しい料理だったのだが、店主からベルリンは初めてか? と聞かれて、思わずそうだと言ってしまった。
30年前のよろしくない話をするのが面倒だったわけではなく、私の記憶から昔のことは飛んでいたからである。
いつも前向きな私がそこにいた。


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